元秘書AKUの”パニ&鬱”克服ブログ

秘書時代に受けた過労とあらゆるハラスメントでパニと鬱に。現在は大企業でしがない派遣社員・・・人生のリベンジなるか!?

家族疲れ

賃貸の部屋を引き上げ、6月から実家に戻っているのですが、これがどうもうまくいかない。

 

原因を自分なりに分析してみました。

 

①コミュニケーション疲れ

鬱&パニは寛解していません。これまで長きにわたり一人暮らしをしてきたわたしですので、日中だれかと一つ屋根の下にいる、という環境に慣れていないわけです。

ましてや、一人暮らし最中にこの病を患ってしまったのですが、やはり一番楽なのは「ひとりでいること」にもかかわらず、家族というコミュニティに身を投じてしまったことに、非常に日々疲れを感じています。

わたしを産み育ててくれた両親に対して、非常に申し訳ない感情なのですが、家の中に両親がいると、自室から出られないのです。

そう!引きこもり(笑)

もうこれは自分の性分だと思い、諦めているのですが、両親の前では無邪気で元気な自分以外を見せることができないのです。

アラフォーになってまで無邪気ってこともないのですが・・・。

ですので、元気な自分を演じられない状況の時は、自室にこもっています。

両親が出かけた隙をねらい、リビングにおりて、せっせと出かける準備をして散歩や水泳に行くので、時間の予定が立てられず、結局何もできない日が増えています。

結局何もできなかったという事実に打ちのめされ、精神的な状況は後退します。

完全なる悪循環です。

もう無駄に親に心配をかけたくない。だけどコミュニケーションをとるパワーもない。結果、引きこもりがちになる、ということです。

 

②過干渉疲れ

このケースは決して多くないと思うのですが、母は過干渉気味です。

幼い頃からそうでした。

小中高とこっそり足音を忍ばせて、わたしの自室をのぞき、きちんと勉強しているのかどうかを確かめにきます。

わたしは早い段階でそれに気づいていたので、母の覗きにはかなり敏感でした。

高校生の時には、部活ですこし帰宅がおそくなり、18時くらいに自宅に到着すると母がいない・・・学校に電話をし何時に帰ったのか確認、近所中を探し回っていたのです。18時。まだ日が落ちていない18時。

大学生になっても社会人になっても変わらないのが、お泊まり禁止令。

これは大学時代まではかなり反発しましたが、明け方帰ると起きて待っている母を見て、諦めました。戦う意欲が失せたんです。

これは今でも続いています。

一人暮らしの時の開放感が今でも忘れられません。

ということで、現在でもわたしが帰宅するといった時間をすこしでも過ぎれば、鬼電がかかってきます。

これはなんとも言えない嫌な気持ちになります。大きな苛立ちや怒りとともに、その片隅でチクチクとわたしの神経を突き刺す罪悪感。これがやっかいです。

ですので、またしても出かけることに躊躇するようになってしまいました。

 

③理想の家族疲れ。

わたしの帰省を機に、父が提唱しだした理想の家族。

「あとすこししか一緒に過ごせないんだから、それまでは、家族で楽しく過ごしたねと振り返られるよう、家族一緒に過ごす時間がほしい」

この、情に訴えてくる戦法に疲弊します。

わたしが外出しようとするたびに、「あとすこししか一緒に過ごせないのに」「晩飯くらい家族で食べれないのか」「また出かけるのか」との切ない愚痴が飛んできます。

ちなみに、現在リハビリ中のわたしの外出とは、水泳や、長距離の散歩。そのあとに必ずスパに行き、歩いて帰る、という流れです。

現在のわたしの能力では、これに6時間程度費やすわけですので、一日の大半、外出していることになります。

でもこれはわたしにとって大切なリハビリなんです。

だけど、外出するたびに情に訴えてくる戦法を繰り出されると、出かけても歩いていても泳いでいても、苛立ちとともに、これまた罪悪感に苛まれます。

父の理想の家族、理想の毎日を実現するには、わたしは家から出ることができず、何をするでもなく楽しそうに家で過ごすしかないのです。

ですので、またしても出かけるのに躊躇するようになってしまいました。

 

非常に辛い。

両親のことを大切に思うからこそ、辛い。

強硬に突破することもできます。大人ですから。

しかし、失望させたり、心配させたりしてしまうという、罪悪感が私の一番の天敵なのです。

だけど、リハビリできる状況にあるのに、部屋にこもって鬱々としていると、日課として決めたことを実行できないという自分への苛立ちと失望で、状況は悪化の一途を辿ります。

でも、親の前では元気なふり。

 

やはり、思った通り、現在負のスパイラルに陥っています。

 

カウンセリングの先生には「もっと自分のことを考えて行動できないかな」と言われましたが、きっぱりと「今はできません。自分本位で考えて行動しても、罪悪感に苛まれ後退するし、両親の意向を丸呑みすれば遅かれ早かれ引きこもって後退する。なら、両親の意向を丸呑みして引きこもる方を選んでしまいます。」と答えるしかありませんでした。

会社がボトルネックだった頃も、天敵である罪悪感について、カウンセリングの先生とそれを紐解いて行ったのですが、今回は、紐解けない。

両親のことだから。

再来週までの課題となりました。

 

うーん。

きっとわたしは恵まれた環境にいるんだろうと思います。

無職でも何も心配することなく生活をしているのだから。

両親も元気。

 

このまま引きこもりたくはないので、母に一部を打ち明けてみました。

 

母の過干渉については、いろいろ言い訳していましたが、ただ時間に連絡こないから・・・とのことでしたので、その言葉を信じて、時間に連絡するようにしてみます。

 

父の家族への依存については、父の生い立ちやこれまでの人生を考慮すれば、依存せざるを得ないだろうという見解は母と一緒でした。でも母は、父は自立するべきだし、AKUがそれに縛られる必要はない、といっていましたので、それを信じて、父の言葉は受け流そうと思います。

 

コミュニケーション疲れについては相談しませんでした。

まだ改善の兆しが見えてきただけで、ほぼ何も変わっていないんだよ、ということだけを伝えておきました。

 

両親はリタイアしているので、一日いちにちをとても悠長にのんびりと過ごしています。

だからわたしの病状ももう治っても良いはずだ、と思っているんだと思います。

特に父は。この病気を理解しようと努力してもやはり理解できないからです。

薬を飲むわたしを見ては、毎日のように「その薬はまだ必要なのか」「早く薬を飲まない生活にしないとならないな」「いつその薬をやめられるんだ」「なるべく我慢して飲まないようにしなさい」と、まったく無理解な言葉を寄せてきます。

しかし、年齢的にも理解を求めるのは難しいので、ハイハイと明るく返事をしてその場をやり過ごしていますが、けっこうこたえます。

 

大好きな両親なだけに、自分が両親を改善の障害だと思ってしまっていることに、さらに罪悪感を感じる日々です。

 

そんな一週間でした。

今週はトホホだったな・・・・。